2018年05月06日

【 last love letter 】



昔ある知識豊富な印象の芸人さんが
何故そんな物知りなのか?と聞かれ
物知りでは全く無いが"知ってる事だけ"を話している
と答えていて合点がいった覚えがある

必要養分のみの抽出

これは映画作りにもそのまま転換出来る法則である

あれもこれもと足して行くのでは無く
むしろ背伸びせずとも
既にそこに在るものだけを淘汰させながら切り取って行く

この『LAST LOVE LETTER』は
不要なカットがほぼ無い(58分)
必要最小限による独特の世界観が強みになっている
あれもこれもでは無く
"限って行く"事で作品の強度が増して行く
例えば出演者は表記の通り三名のみ
エキストラやゲリラ撮影による映り込みの人間を背景としていないからこそ生まれる虚無的な空間になっていたり
その意味も成立させている
終始引き算の工夫が効いているのだ

他の映画がこうだからとか
映画の基本がこうだからとか
何気なく足しているものが映画自体を安くしてしまっている作品は幾らでもある
映画に基本なんて本当にあるのだろうか?
映画=90〜120分の基本尺も含めて
型に嵌めるのでは無く
もっと自由になれるのが映画の良さでは無いのか
既存の鬼才監督の作品を薄めた様な新人監督の邦画に出会う度に色々思う事はある(何様だ)が
そんな背伸びせずに
脚本(骨組み)とバジェットと目の前に集まった座組みの個性を見つめ
打開策を好奇心を忘れずに練って行けば
少なからず〇〇風ではなく
オリジナリティのある作品は生まれるのではないだろうか
偉そうながらこの作品から そんな事を感じた




posted by 斎藤の工 at 07:10| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする